「入院拒んだら罰則」法改正に波紋　「差別を助長」「医療拡充が先」(西日本新聞） [蚤の市★]

　新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、政府が閣議決定した罰則付きの感染症法改正案に波紋が広がっている。実効性が高まることが期待される一方、罰則を設けることで市民や医療関係者の間では、私権の制限が人権侵害や差別につながりかねないとの懸念が募る。法案は与野党による修正協議に入り、今後の議論の行方が注目される。

　改正案は入院先から逃げたり、正当な理由がなく入院を拒否したりした感染者に対して「1年以下の懲役か100万円以下の罰金」、保健所の調査を正当な理由がなく拒否したり、うその回答をしたりした場合に「50万円以下の罰金」を科すと定める。

　「罰則は感染者を犯罪者のように扱い、感染者への差別を助長するだけだ」。昨年末まで九州の保健所で新型コロナ対応に当たっていた60代男性はいぶかる。「保健所が入院ではなく、自宅やホテル療養させる場合もある。そういう人たちまで『入院を拒んでいる』とレッテルを貼られないか」と心配する。

　知的障害があり、車いす生活を送る息子と暮らす福岡県内の女性（54）は「緊張感を持たせるためにも罰則はあっていい」。ただ、「自分が感染したら、息子を置いて入院できるのか。不安はずっと消えない」と複雑な胸の内を明かす。

　「罰則どうこうではなく、今は医療体制の拡充を優先すべきだ」。新型コロナ患者を受け入れる福岡市内の病院長は、医療現場の実情とかみ合わない議論にいら立つ。福岡県の新型コロナ病床の稼働率は70・2％（22日現在）。しかし、この病院は常に満床状態で、軽症や無症状の患者が急激に悪化して搬送されることもあり、「医療崩壊寸前でぎりぎり」という。

　福岡県によると、罰則の対象となる入院拒否や逃亡したケースは把握できていないというが、院長は「介護や子育てなどで入院しづらい人もいる。罰則がハードルとなり、検査を受けること自体を避けるようになれば、感染症対策そのものと逆行する」と強調する。

繰り返された偏見、差別

　ハンセン病やエイズ（後天性免疫不全症候群）など、過去にも未知の感染症への恐怖から患者への偏見や差別が繰り返されてきた歴史がある。

　感染症法は前文で「事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である」と明記する。日本医学会連合は14日、「現行法は歴史的反省の上に成立した経緯があることを深く認識する必要がある。感染症の制御は国民の理解と協力によるべきだ」として、罰則に反対する緊急声明を出した。

　福岡大の實原隆志教授（憲法）は「罰則を設けても要請や命令を受け入れられない人はおり、協力にどの程度つながるかは疑問だ」と指摘。「権利の制限は必要最小限度であるべきだ。入院拒否が感染症対策にどんな影響を及ぼしているかなど政府は罰則を設ける上での根拠を示し、罰則の要件についても厳格な文言で規定する必要があるのではないか」と提起する。

（金沢皓介、梅沢平）

西日本新聞 2021/1/25 6:04