【歴史】古代史最大の謎「邪馬台国の所在地論争」に歴女が少ない理由…出版界では九州派が優勢?読者層も研究者も男性中心 [樽悶★]

1 :樽悶 ★:2020/12/04(金) 22:37:09.39 ID:H2vR41Nw9.net
 邪馬台国はどこにあったのか――。日本の古代史を語る上で永遠のテーマの一つだ。だが、古代史研究の学界は旧態依然とした“男社会”で、女性の視点がほぼ皆無だという。そうした中で新しい風を吹き込む一人の女性がいる。各媒体で人気の「連載コラム」の著者に聞くシリーズ、第3回は古代史の総合雑誌『季刊邪馬台国』(梓書院)で連載中の「オトナ女子のコラム 晴れ、ときどき、古代史」の著者・藤江かおり氏だ。(フリーライター 岡田光雄)

● 論争が続く九州説と畿内説 出版界では九州派が優勢?

 2〜3世紀の日本列島に存在し、卑弥呼が女王に君臨していたとされる連合国家「邪馬台国」。

 ご存じの通り、邪馬台国の所在地を巡っては大きく「九州」と「畿内」の2つの説がある。これは江戸時代から続く論争であり、令和に入った現在も両陣営の間では熾烈(しれつ)な戦いが繰り広げられている。

 「古代史の世界は一人一説といわれるほど、さまざまな解釈があります。あくまで主流派の傾向としての話ですが、九州説を唱えているのが文献学界(文献学派)、畿内説を唱えているのが考古学界(考古学派)です。また、少しややこしいのですが、文献の中でも『日本書紀』や『古事記』など日本の書物を根拠に主張しているのが九州説の文献学派、その一方で中国の文献である『魏志倭人伝』を根拠としているのが畿内説の考古学派ともいわれています」(藤江氏、以下同)

 九州説と畿内説、どちらに分があるのかは評価が難しいところだ。

 「一昔前までは畿内説のほうが優勢でした。その理由としては、文献学派と比べて考古学派のほうがマスコミとのパイプがありメディア戦略が上手だったこと、考古学は古墳や遺跡など形あるものを根拠としているため説得力があったこと、邪馬台国の所在地を主張する奈良県など自治体もアピールに力を入れていたことなどが挙げられます。また、考古学派は近年の古墳ブームなどの恩恵を受けてきましたが、文献学派はそういう時代の追い風もなく後れを取っている状況でした。しかし、ここ最近は出版業界の売れ行きとして、九州説の本のほうが売れているという話も聞きます。ここにきて、ようやく九州派が息を吹きかえしてきたということでしょう」

※省略

 同コラムの読者層は「60〜70代の男性」であり、また「私に情報を提供してくれる研究者もほとんどが男性」と藤江氏。古代史の世界はいわばゴリゴリの“男社会”だったのだ。

 「研究者にせよ古代史が好きな一般の人にせよ、この世界では支持している説の違いがそのまま人間関係に反映されてしまい、あつれきを生むこともしばしばあります。ネット掲示板などではたびたび議論が荒れますし、現実世界でけんかになることもしょっちゅう…。古代史の世界では、自分が支持している先生を信奉する傾向があり、その先生の説の素晴らしさを証明するために相手を論破しようとする人が多い印象です。また、研究者の中には権力欲の強い人や出世したがる人なども珍しくありません」

※省略

 特に研究者にとっては、長いものに巻かれなければ生活が立ち行かなくなるという事情もあるようだ。

 「古代史研究の世界の一部では、力のある学派が支持している説に異を唱えると、学界内で出世できなかったり、仕事が振られず十分なお給料をもらえなかったりなどもするようです。本来、文献学や考古学などを複合的に考察することで歴史は見えてくるものですし、『A or B』ではなく『A and B』という考え方のほうが視野も広がるはずなのに…。邪馬台国論争は、一般的に当時魏の皇帝が卑弥呼に与えたとされる『親魏倭王』と刻まれた金印が出土されれば、終止符が打たれると考える人もいますが、これからもこの争いは延々続いていくのでしょう」

 藤江氏によれば、古代史の業界は、そもそも女性ファンを取り込む体制が不十分だと指摘する。

 「たとえば古代史の講演会などがあった場合も、派閥や説の違いに限らず男性の研究者は、論文のようにマニアックなテーマを深掘りして話をすることが多いですし、男性の参加者もそういう講演を求めて来ています。しかし、このように“縦に掘る”ようなお堅いテーマばかりだと敬遠してしまう女性が多いため、講演会に一回参加してもその後リピーターにはなりにくい状況です。潜在的な女性の古代史ファンは多いだろうし、もっと女性向けに発信すれば来てくれるはずなのに…」

12/3(木) 6:01配信

https://amd-pctr.c.yimg.jp/r/iwiz-amd/20201203-00256003-diamond-000-1-view.jpg

7 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 22:40:20.48 ID:OH1H3dwq0.net
伝承の中にいい男がいないからな…

13 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 22:43:56.27 ID:71M7edoK0.net
飛鳥時代まで下ると山岸凉子のおかげで結構そういうのはいるんだよな

10 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 22:41:10.27 ID:KGvPdxc00.net
言って委員会で九州派と畿内派で議論があったけど辛抱がこれ研究してる研究者はどれくらいいるの?と聞いたら十数人とか言ってた

19 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 22:47:35.40 ID:wNc1zGPe0.net
>>10

そりゃそうだろう
ここに書き込まれる意見を見ていてもわかるけど、証拠がないことをいいことにファンタジーっぽい推測が大手を振っている
とにかく変なのが多い
というか変なのがひきつけられやすいんだろう

証拠がないならば、その少ない証拠を重要視すべきだと思うんだが、逆に無視したがる傾向もあるし
古代史に興味を持っても、そういった人種と付き合い続けられるのは同類だろう

86 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:08:49.52 ID:BypidlkM0.net
>>19

畿内説の場合、重要な遺跡は宮内庁が鉄壁のガードをしているからにっちもさっちも行かないんだよね。
その隙を九州説がついてくる。

92 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:11:55.85 ID:7AV7AfbC0.net
ひたすら発掘調査する以上に意味のある研究があるとも思えん

99 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:14:50.57 ID:puAVRhTU0.net
周辺国に大見得切った魏の嘘だよ。

27 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 22:49:57.37 ID:M+ddYts70.net
まーたちんまん対立煽りか

105 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:17:20.59 ID:xBg0J9A/0.net
>>27
もっとちんことまんこは仲良くするべきだよな!

110 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:19:53.26 ID:hSWeTMgl0.net
ヒミカ

127 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:28:57.12 ID:PP/1LVLR0.net
芦田愛菜ちゃん主演で卑弥呼物語作ったらみんな興味持つと思うの

165 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:50:32.65 ID:GAYpYUjG0.net
>>142補足
魏には、「倭国」の意味を敢えて不明確にしている。
九州・邪馬台の支配下の領域の様に説明している。
なので倭国大乱を邪馬台内30余国の内乱とする解釈の
余地が生まれる。だが実際は違う。

本州の記述を、「皆倭種」と意図的にぼやかしてるが、
倭国大乱の「倭国」とは、その地を含んでのことだ。
この意図的な使い分けを読み解かないといけない。

逆にそうでないとすると、九州の家来??ごときが
大倭と名乗ってるハズ??とか、有り得ない珍解釈に
成って終うw 教科書の解釈は、ここで崩壊している。

167 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:51:20.03 ID:TBR/4J4y0.net
5ちゃんねるの九州説はデンパばっかりだけど、
その中でとくに酷くて、触れてはいかんデンパがこれ
・九州王朝説
・東遷説
・短里
・邪馬壱国
・会稽東治の治は正しい
・伊都国を糸島以外に比定
・投馬国は朝鮮半島南部
・九州の邪馬台国は畿内政権の傀儡

177 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:55:47.55 ID:T1sPEUys0.net
>>167
東遷なんて記紀とそのまんま一致すんのに電波扱いとか随分面白い脳内だな
まず東遷をそのまま九州からの侵攻と思ってるからそんなマヌケな思考になるんだろうけど
神話なんてのはベースがあっての脚色なのよ。スサノオはヤマタノオロチという生物と戦ったと思ってる?w

180 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:57:17.59 ID:TBR/4J4y0.net
>>177
神武東征は紀元前660年
日本書紀では邪馬台国の時代は神功皇后

183 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:58:57.88 ID:uHRbI7TR0.net
>>180
まず紀元をそのまま信じてるとこが素晴らしいw
考古学以前に生物学を学ぼうぜw

191 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:03:46.09 ID:MJTXjgJK0.net
>>183
記紀を持ち出しておきながら、記紀を自分の妄想話に合うように改竄するなって意味だ

190 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:02:48.66 ID:sflnFXn60.net
宝物の隠し地図を読み解くつもりで魏志倭人伝を利用しようとすると
正しい情報と正しくない情報の取捨選択が必要だけど

・意図的な数値の誇張または矮小化
・当時の技術的限界に起因する情報の不正確さ
・伝聞による誤った情報の混入
・複数の解釈が可能な文章の曖昧さ
・後世の写本の際の書き間違い

魏志倭人伝からこういう要素をすべて排除したり訂正できるかとなると無理だと思うわ

200 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:08:26.72 ID:WnXMYu970.net
>>190
記紀みたいなフィクション要素が強いものは
事実の部分と作り話の部分と切り分けるのが甚だ困難で
登場人物さえ架空の可能性があるけども

魏志倭人伝は多少の誇張は有っても
基本的には第三者による記録と考えても良さげ

210 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:13:40.52 ID:10QX+NvZ0.net
神武天皇は岡山で初めて兵を整える
東征は岡山からかも

223 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:20:19.60 ID:2Y7/MSMK0.net
>>210
吉備はごくごく初期から大和と共通の文化があることが確定しているから
吉備からスタートはあり得るかもしれないな

240 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:29:30.59 ID:hSB807Bl0.net
>>223
高千穂だのなんだのはっきりと出てくるんでねぇ。そこは無視出来んと思うよ
神武が北部九州(元邪馬台国?)の豪族が大和政権からの南部九州の派遣領主で、なんらかの大和政権内での揉め事に対して、もしくは不満があり九州から兵を率いて上洛(ではないけど)てのがしっくりくるね
なんせ連合政権なんで。そこには出自が全国各地、九州邪馬台国勢力や吉備勢力なんかも当然加わってるわけで

40 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 22:53:00.28 ID:vtHaUUVi0.net
畿内説は魏志倭人伝の否定派だろ?
根拠はヤマトと発音するに違いないというのしかない
そんな根拠でいいなら倭面土国もヤマトと発音するだろうな

56 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 22:56:41.58 ID:jtl6eSqQ0.net
>>40

魏志倭人伝の記載からすれば畿内説だろう?
まあ自分からすれば畿内説でも九州説でもどっちでもいい

政治をからめてくる韓国がうっとおしい

71 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:02:25.02 ID:vtHaUUVi0.net
>>56
畿内説は九州説の短里説や方角論争を否定するけど
長里説とると畿内には到着できないし方角デタラメにしないと畿内にたどり着く
かないことは
どう考えてるんだろうか

206 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:10:58.52 ID:c8YK7ktF0.net
>>71
魏志倭人伝は短里で書かれているよ
但し和人は距離の単位は日数で数えている
九州の伊都国までしか行けなかった魏の使者が邪馬壹国までの距離を伊都国で和人に聞いたら舟で10日歩いて1月(1日の誤植かもね)かかるって話
九州から舟で10日ってどう考えても九州から外れる

215 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:16:51.42 ID:2Y7/MSMK0.net
>>206
短里説は、三国志の他の部分とも合わせて完全に否定されてるよ

219 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:19:17.08 ID:c8YK7ktF0.net
>>215
いや魏は短里を使ってた
そもそも魏志倭人伝には壱岐や対馬の大きさをざっくり書いてるが短里で考えても大きめで報告してある

230 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:24:53.00 ID:2Y7/MSMK0.net
>>219
未だに古田の50年前のしょうもない説を信じてる人間がいるのか…
なら稲荷山古墳も関東の独立王国だな…

242 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:30:30.11 ID:c8YK7ktF0.net
>>230
ぶっちゃけ魏の使者の感覚だから短里つかってようが長里使ってようが関係ない
壱岐の大きさを縦横三百里だと報告しているその距離感で考えた方がいい
これで考えると短里より更に短くなる
2000年近く前なんだぜ
正確なわけがない

282 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:51:50.81 ID:EyOU2Dst0.net
女の敵は女

女王が治めた国に女がシンパシーを感じる訳も無く・・・

297 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:59:27.89 ID:tqoRWDvX0.net
畿内説の考古学根拠って何だ??

254 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:39:47.20 ID:jYqfMz250.net
九州から海無しの奈良県なんかに民族大移動する理由なんか全く無いと思うけどな

262 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:42:22.98 ID:FH5Tvewi0.net
>>254
民族大移動はしてないだろさ。各国のトップが奈良に移動しただけ

272 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:45:53.75 ID:vXCMOmfI0.net
>>262
なんのためにですか?
九州のままじゃ駄目なんですか

277 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 00:50:26.33 ID:2Y7/MSMK0.net
>>272
九州は耕地が狭い。交易中心の小国連合は気候変動に滅茶苦茶弱い。
播磨大和山城近江伊勢美濃尾張・・と
畿内方面はかなり耕地が広く確保できる

326 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/05(土) 01:08:47.55 ID:lvztVoJR0.net
>>277
当時の人口考えて言えよ
耕地が狭いって…

133 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:32:21.82 ID:k/UOaIYs0.net
邪馬台国はともかく3世紀には畿内に大和を中心とする強力な連合国家が誕生していたのは間違いない

九州に邪馬台国があったとすれば4世紀に従属したか滅ぼされたかの二つに一つだろう

138 :ニューノーマルの名無しさん:2020/12/04(金) 23:34:30.00 ID:vtHaUUVi0.net
>>133
旧唐書には「併合したと倭人がいう」と書かれてるね