天皇は神じゃないんだぜー
>『逆転した日本史』などの著書がある歴史研究家、河合敦氏が話す。
「小中学校の教科書は、学習指導要領の関係から聖徳太子の名称とともにヒーローのままですが、近年の高校の教科書は、政治の主役は推古天皇で、厩戸王(聖徳太子)はその協力者に変わっていた」
「小中学校の教科書は、学習指導要領の関係から聖徳太子の名称とともにヒーローのままですが、近年の高校の教科書は、政治の主役は推古天皇で、厩戸王(聖徳太子)はその協力者に変わっていた」
聖徳太子より政治の主役は推古天皇
「皇紀」を生んだ辛酉大革命という思想から皇紀2680年はおかしい
皇紀は嘘
>>110
推古天皇が権力者という考えは、
隋書の記述から見ておかしいだろ。
推古天皇が権力者という考えは、
隋書の記述から見ておかしいだろ。
「聖徳太子」が死後の謚名だっていうなら
「○○天皇」もすべて使えなくなるじゃん
おかしいよ
「○○天皇」もすべて使えなくなるじゃん
おかしいよ
武士は7%しかおらん僧や公家などが3%
90%が農民と町民
サムライジャパンなど大嘘
農民ジャパンが正解
>>212
>>253
未だに百姓=農民だと思ってるやつがいるのか
網野善彦からやり直せ
>>253
未だに百姓=農民だと思ってるやつがいるのか
網野善彦からやり直せ
先祖は武士!
まずホラ
黒人「はだ色って肌の色って意味だったのか!目から鱗!」

肌色て絶妙だったけどな
肌色ていうとあの色てすぐわかる
薄だいだい?とかわからんわ
肌色ていうとあの色てすぐわかる
薄だいだい?とかわからんわ
>>320
武士でも下級の武士とかの人なら沢山いたから別にホラじゃないと思うよ
武士でも下級の武士とかの人なら沢山いたから別にホラじゃないと思うよ
地方田舎で工商って農民と区別ついたのか?という疑問。両方やってて専門化分化してなかったんじゃないか
江戸大阪の都市部じゃ農村から次男三男なんかが逃げて住み着いて丁稚に入ってたんじゃないかね。
江戸大阪の都市部じゃ農村から次男三男なんかが逃げて住み着いて丁稚に入ってたんじゃないかね。
>>405
大名が職人を連れてきたりするから、ソーユーのは農家と兼業ではないだろ。
カマとかクワの修理やってる村の鍛冶屋は兼業かもしれない。
大名が職人を連れてきたりするから、ソーユーのは農家と兼業ではないだろ。
カマとかクワの修理やってる村の鍛冶屋は兼業かもしれない。
>>434
だから田舎は兼業でいいのでは?
だから田舎は兼業でいいのでは?
もし士農工商が実態に即したものなら、町人は農民にお辞儀したりひれ伏したりしていたはずだがそうなっていない
実態は支配者階級である武士と被支配者である庶民に分かれていたというべきであろう
ただ、学問とかでは身分関係なく能力ある人間は尊敬されたので、庶民出身の学者とかは多くいたよな
実態は支配者階級である武士と被支配者である庶民に分かれていたというべきであろう
ただ、学問とかでは身分関係なく能力ある人間は尊敬されたので、庶民出身の学者とかは多くいたよな
>>302
だろうね、支配層である少数公務員層(士)、それ以外の多数(農工商)、「人外」とされた被差別層
武士階級のなかでも上級と下級の区別は絶対で、結婚も上級同士、下級同士だった
郷士みたいに武士なのか農民なのかよくわからない身分もある
だろうね、支配層である少数公務員層(士)、それ以外の多数(農工商)、「人外」とされた被差別層
武士階級のなかでも上級と下級の区別は絶対で、結婚も上級同士、下級同士だった
郷士みたいに武士なのか農民なのかよくわからない身分もある
>>279
>>178
オワコンは言いすぎたな
しかし現代社会はキリスト教と対立するはずの物理学のほうが正しいという前提で動いてる
つまり宗教のほうが間違っていることを暗に認めてる
>>178
オワコンは言いすぎたな
しかし現代社会はキリスト教と対立するはずの物理学のほうが正しいという前提で動いてる
つまり宗教のほうが間違っていることを暗に認めてる
士農工商は教えない
昭和平成の政治史経済史も教えない
それでは若者は選挙制度に疑問持たず選挙にも行かず自民党支持する原因だわな
文科省も害悪であるな
昭和平成の政治史経済史も教えない
それでは若者は選挙制度に疑問持たず選挙にも行かず自民党支持する原因だわな
文科省も害悪であるな
歴史詳しそうだな
最近は見直されてきたものの代表格として
生類哀れみの令があるけど
あれっていい面もあったってのはわかったけど
全体としてやっぱりやべーだろ
現代に例えるやつは、たいていキチガイ
昔の日本は親が子供にしっかりしつけをしていた
↑これも大嘘
親は労働に忙しいから基本は放任主義
きちんと家庭教育をしてたのは武士階級やホワイトカラーぐらい
士はともかくとして農工商に制度的な身分区別はなかっただろ
例えば土方歳三は多摩の豪農の子供(末っ子)だが、商家の丁稚に出されてる
家を継がずどこかに養子に行くあてもない百姓農家の次男三男は普通に職人の弟子や商人の丁稚になってた
例えば土方歳三は多摩の豪農の子供(末っ子)だが、商家の丁稚に出されてる
家を継がずどこかに養子に行くあてもない百姓農家の次男三男は普通に職人の弟子や商人の丁稚になってた
>>327
50年くらい前の田舎の人の感覚からすると、
田んぼを持っている人=身分が上
そうでない人=身分が下
なんだわ。
50年くらい前の田舎の人の感覚からすると、
田んぼを持っている人=身分が上
そうでない人=身分が下
なんだわ。
山奥の田んぼを持っていない人が大工になったり、商人になる。
だから、農>工商 なんだわ。
江戸時代以前の田舎には、士農工商という考え方はあったと思うよ。
あー教育界にサヨクが蔓延した結果、
秩序破壊が行われたんだろうよ。
秩序破壊が行われたんだろうよ。
穢多非人
日雇い人夫
あと消えたのこれくらい?
日雇い人夫
あと消えたのこれくらい?
今はあれでしょ士農工商の替りに
公務員・正社員・非正規・無職
>>655
確かに
下手なサラリーマンより無職の生活保護の方が公務員の次にくるくらい安定している気はする
確かに
下手なサラリーマンより無職の生活保護の方が公務員の次にくるくらい安定している気はする
「研究が進んだから」ではなく、「そういう学説を支持していた学者の発言力が増長したから」じゃないの?
史実を誠実に追求した結果ではなく、権威や利権で教科書のコンテンツが左右される。
「日本の歴史」を省みたとき、そういうシナリオのほうが説得力が感じられるよ。
>>676
その通りだと思うよ
その通りだと思うよ
元寇とかも神風吹いてラッキーで勝てたとか教わったけど
実際は鎌倉武士がボコボコにやっつけて逃げてった先で嵐にあって沈没らしいからな
実際は鎌倉武士がボコボコにやっつけて逃げてった先で嵐にあって沈没らしいからな
自虐史観ってやつでしょ。
安土桃山も、今は豊織時代と言う。
>>591
安土桃山の方がかっこいいのになんで変えちゃうんだろうね
安土桃山の方がかっこいいのになんで変えちゃうんだろうね
>>653
それ自体ほんとは大阪時代って言うべきなのに
言いたくないから東大学閥が安土桃山とつけた、なんてとある関西の学者が言ってたな
それ自体ほんとは大阪時代って言うべきなのに
言いたくないから東大学閥が安土桃山とつけた、なんてとある関西の学者が言ってたな
>>681
考えすぎちゃうか
安土時代は大阪はバリバリのタリバンじゃん
考えすぎちゃうか
安土時代は大阪はバリバリのタリバンじゃん
新札の日本資本主義の父である渋沢栄一は豪農の出で官尊民卑に苦しんだ
官尊民卑を打破する人生だった
官尊民卑を打破する人生だった
士農工商はある
>>586
士農工商を教わると、クラスの八割が僕の先祖は侍だったって言い始めたよな。
部落教育と通じるもんがあるわ。
士農工商を教わると、クラスの八割が僕の先祖は侍だったって言い始めたよな。
部落教育と通じるもんがあるわ。
>>601
実際そうだと思うよ
畑を耕しながら刀も所有していた農家は多い
実際そうだと思うよ
畑を耕しながら刀も所有していた農家は多い
>>640
あいつら なんだかんだ言って侍や、刀に憧れていたんだな
あいつら なんだかんだ言って侍や、刀に憧れていたんだな
>>702
戦国時代に戦に駆り出されるのは農民ですぜ
戦国時代に戦に駆り出されるのは農民ですぜ
ナメック色からビリジアンに変わったのも同じ理由
前スレ
昭和・平成・令和と三つも元号が変われば、世の「常識」もガラリと変わり、気づけば浦島太郎状態に──。
なかでも教育現場は、そんな「新常識」のオンパレードだ。
たまには、子や孫の教科書をめくり、学校の話を聞いてみてはどうだろう。
「はだ色のクレヨン、取ってちょうだい」
東京都内在住の女性は、小学1年生の娘が学校で使うクレヨンに一本一本、「お名前シール」を貼っていた。すると、娘からは思わぬ言葉が返ってきた。
「はだ色は、ないよ」
不思議に思って「はだ色」を手に取ると、クレヨンに巻かれた紙には「うすだいだい」と印字があった。
総合文具メーカーのサクラクレパスの広報担当者が説明する。
「20年ほど前に、『多様な国籍の人が暮らす時代において、差別的だと感じる人もいる』との問題提起があり、業界全体で『はだ色』の名称は使わなくなりました」
教育現場でも、国籍や男女の垣根は消えつつある。クラス名簿は、男女混合の50音順が主流に。「蒼」や「葵」で「あおい」と読む男の子の名前も一般的で、名簿で男女の区別はつかない。
運動会も変わった。受験を控える小学6年や中学3年の保護者は、ケガで勉強に支障が出るのを嫌がる。
「名物だった組み体操のピラミッドやタワーをやめる学校は、年々増えています」(都内小学校の女性教員)
教科書も変わった。
改めて読むと、昭和世代には驚くことばかりだ。
その象徴的なものは、死後の呼称である「聖徳太子」から、「厩戸王(うまやとおう)」への変更だろう。
10人の言葉を一度に聞き分け、十七条憲法を制定したり、巨大帝国だった隋を相手に“対等外交”を主導したりしたスーパーヒーローだ。
『逆転した日本史』などの著書がある歴史研究家、河合敦氏が話す。
「小中学校の教科書は、学習指導要領の関係から聖徳太子の名称とともにヒーローのままですが、近年の高校の教科書は、政治の主役は推古天皇で、厩戸王(聖徳太子)はその協力者に変わっていた」
歴史上の人物の肖像画の「別人説」も次々に浮上している。
旧1万円札の肖像でおなじみだった聖徳太子像。原画となった宮内庁所蔵の「唐本御影」肖像画もその一つだ。
「高校の教科書から件(くだん)の肖像画は消え、中学の歴史教科書では、『聖徳太子と伝えられる肖像画』と、自信なさそうな表現に変わりました」(河合氏)
国宝「伝源頼朝像」は、足利尊氏の弟、直義だとの研究もなされている。足利尊氏像と覚えた「騎馬武者像」も、別人だった疑いが強まった。
かつては「士農工商」で教えられた江戸時代の身分制度の記載も、歴史教科書からなくなった。
武士(士)・百姓(農)・職人(工)・商人(商)という固定的身分が存在するのではなく、武士が支配階級として君臨し、その下に百姓や職人、町人がゆるやかに並列して連なっていたイメージだったようだ。
養子縁組で町人が武士になるなど、それなりの“自由”もあったという。
江戸幕府の「鎖国」も、実際は長崎や対馬、薩摩を窓口にオランダや中国などと交易していたとされるから悩ましい。
「誤解を生みやすい『鎖国』の用語について、文科省は改訂を試みましたが反対が強く、いまだに使われています」(同)
機会があれば、子や孫の教科書をめくってみると、世相の変化や新たな発見に出会えそうだ。(本誌・永井貴子)
※週刊朝日 2021年2月5日号